2008年02月17日

天笠崇「成果主義とメンタルヘルス」(最近読んだ本の紹介)

「成果主義とメンタルヘルス」(天笠崇 新日本出版社2007年)という本が出ています。

 つい先日も、トヨタの労働者の過労死事件や小児科病院医師の過労死事件の裁判の結果が報じられ話題になりました。厚生労働省等が、ワークライフバランスと掛け声をかけても、長時間過密労働が改善されているようには見えません。
 過労死・過労自殺の遺族が訴訟に訴えてマスコミで報じられる事件は、長時間労働やパワーハラスメントによる精神疾患の発症や増悪の労働災害の被害の氷山の一角であり、何百倍もの被害が隠れたままになっているに違いありません。
 
 私が生活し、弁護士業務を営んでいるのは東京の中野区という20代から30代の若者が多く住む街です。地方出身で一人暮らししながら働く若者の中には、長時間労働・過密労働で身体を壊したり精神疾患を発症したりしたとたん、不充分な失業手当などでそれまでの生活を維持することだけでせいいっぱいとなり、被害回復を求めることなどできない人が多いことでしょう。

 そういう中でも、泣き寝入りせずに労働災害の申請や被害回復を求める人は少しずつ増えてきてはいるようです。厚生労働省の発表資料によると、2006年は、自殺以外の精神疾患の労働災害認定が初めて100件を超えています(2006年中に全国で労災認定された労働者の内、205件がうつ病などの精神障害によるもので、その内、自殺(未遂を含む)が66件、したがって、精神障害(自殺を除く)が労災認定された件数は139件ということになります)。

 厚生労働省のホームページの発表資料↓
 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/05/h0516-2.html

 「成果主義とメンタルヘルス」の著者である医師の天笠崇氏は、過労自殺裁判の意見書作成などに多く関与してきた、メンタルヘルスと労働災害についての専門家です。著者自身の研究やこれまで行われた過労自殺裁判の多数の意見書などの分析から、本書では、職場における成果主義賃金制度の導入や、長時間労働、その他のストレスと、労働者のメンタルヘルス不全発生との間には、どのような関係があるといえるのか、裁判で因果関係を証明するためにどのような課題があるのか等を、一般の人向けに分かりやすく論じています。

 この本では、長時間過重労働よりもむしろ職場におけるパワーハラスメントや達成不可能なノルマの方が自殺に対する強度としてもっとも関連性の強い要素であると指摘されています(101〜102頁)。本書の著者の見解からすれば、厚生労働省の労災認定基準『心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針』が発症前の長時間労働の有無は重視しているが、パワーハラスメント(上司との人間関係)が必ずしも強い要素とされていない点等は、修正する必要があるということになりそうです。

 本書は、「労働組合の取り組みなくして解決なし」と強調していますが、全く同感です。

 ついでに言えば、労働災害の被害者にとって、司法支援センター(法テラス)による民事法律扶助制度など、支援が受けられやすくする仕組みが必要です。
 また、労働災害被害者が受診した精神科や神経科の医師が、事実上、労働災害申請を代行することができるような仕組みがあってもよいのではないでしょうか。
posted by siinoki at 12:32| Comment(3) | TrackBack(10) | 法律相談・労働相談
この記事へのコメント
八坂先生、コメント、並びに
ブログへのご訪問、
本当に有難うございました。
先生の、一般に立場が弱いとされる
「弱者」への大変強いお気持ちを、
遠い屋久島から、感じさせて頂いております。
特に労働災害の認定を得られやすくする
仕組みの必要性を訴えられている点に、
「弱者」の一員として、強く支持させて
頂きたく思います。
なかなか声を挙げる事の出来ない弱者が
泣き寝入りをしてしまうような、
そんな立場の方のお気持ちは、
当事者だからこそ、理解出来る気が
するからです。
私自身、ブログは2つ、開設させて
頂いております。yahooの方は、
相当数のアクセスがありますので、
「声なき声を挙げている」方に、
「しいの木法律事務所」へ駆け込んで
欲しい、大変強く感じますので、
これからも力強く、宣伝させて
頂きます!!
Posted by 屋久島から、大山です。 at 2008年02月17日 15:57
八坂先生、追加で書かせて頂ければと
思うのですが、mixiのコミュニティを
閲覧するのは、招待状が必要だと
思われます。
ですので、興味のある方には
「しいの木法律事務所」HP上に
掲載されているメールアドレスへ、
八坂先生宛にメールをお送りし、
先生の方から招待状をメールでお送りする
という形になろうかと思うのですが、
その旨、記載させて頂こうと思います。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
私のブログに、メールアドレスを
記載しようと思ったのですが、
スパムメールを送信する人間がいたら
困るなあ・・と考えました。
Posted by 屋久島から、大山です。 at 2008年02月17日 20:04
夜分遅くに、コメントを
記入して頂きまして、
本当に有難うございました。
2つのブログの記事を修正し、
記事内にメール
アドレスを記載させて頂きました。
八坂先生の記事は、本当に
参考になります。
これからも、トラックバックを
貼らせて頂くと思います。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
Posted by 屋久島から、大山です。 at 2008年02月17日 22:35
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