国民救援会中野支部主催の勉強会で話した裁判員制度についての説明を整理して掲載します。
裁判員制度に対するご意見、私の意見に対するご意見など、ぜひコメントをお寄せ下さい。
誤解していませんか?
裁判員制度の実施予定が2009年5月21日とされることが発表されました。
「裁判員制度とは」
死刑や無期懲役の可能性がある、被害者が死亡している、などの重大な刑事事件について、職業裁判官3名と裁判員6名(有権者からくじ引きによって呼び出される等の手続で選任)の合計9名が、有罪か無罪かの判断と量刑の判断を多数決で判断します。
裁判員法によって定められた全く新しい刑事裁判手続です。
〜裁判員制度について、よくある誤解〜
裁判員制度の実像を、多くの方が誤解しています。
陪審制が導入されて、映画のような全員一致の評議が行われる?
「12人の・・・」などの映画のイメージが強いのでしょうか。日本の刑事裁判に「陪審制」が導入されるという誤解があります。
アメリカの「陪審制」は、市民から選ばれた陪審員(12名)が被告人の有罪無罪について、全員が一致するまで徹底的に評議を尽くし、その判断に裁判官は関与しない制度です。陪審員が無罪と判断した場合に、検察官が控訴することは許されません。
これに対して、日本の裁判員制度は、職業裁判官3名と裁判員6名とをあわせた9名が、有罪か無罪かの判断を多数決で行います。死刑か、無期懲役か、懲役の年数、執行猶予を付けるか付けないか等の刑の重さの判断(「量刑判断」)も多数決で決めます。仮に無罪判決が出ても、検察官が控訴することが認められています。
日本の裁判員制度は、陪審制とは全く異なる制度なのです。裁判員制度のような制度は一般に「参審制」と呼ばれています。
痴漢えん罪やビラ配り弾圧事件が減る?
裁判員制度によって一般市民の常識が反映され、痴漢えん罪やビラ配りを住居侵入罪で処罰するといった非常識な判決が減少するという誤解もあります。しかし、痴漢事件や住居侵入など、罰金刑や懲役10年程度が刑の最高限とされている犯罪は、裁判員制度の対象ではありません。したがって、裁判員制度によって、痴漢えん罪やビラ配り弾圧事件の有罪判決が減ることはないのです。
そもそも裁判員制度の導入の目的は、えん罪を防止するためではありませんでした。裁判員法1条は、「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」と述べています。裁判員制度の目的は、凶悪・重大な刑事事件の裁判に裁く側として参加させることにより、国民の意識の中に刑事裁判への理解と信頼を増進させるというものなのです。
国会での議論は不十分。裁判員制度の導入は歓迎されていません。
裁判員法は、国会に法案が提出されてから2004年5月21日の成立まで、4か月に満たない期間しか国会での審議がされていません。
とりわけ重大かつ複雑な事件について、事件をいくつかの部分に分けて、それぞれ別の裁判員のグループに審理させる「区分審理」(2007年改正裁判員法第5章「区分審理」71条〜99条)という制度も導入されました。裁判員の「負担の軽減」が「区分審理」制度の目的です。事件の全体像を見ることがなく、一部分だけの裁判に参加させられる裁判員に正しい判断ができるのでしょうか。
「死刑に反対」などの信条によって裁判員を拒否することは認められません。有権者を制裁によって裁判員に動員する仕組みが整えられています(裁判員法110〜112条)。どの裁判員・裁判官がどのような見解を述べたのか等は、評議の秘密とされ、裁判員はずっと心の中にしまっておかなければ処罰されます(裁判員法108条)。殺人事件など凄惨な事件を担当した裁判員は、大きなストレスを抱え、家族にも相談できなくなるでしょう。
裁判員に動員される有権者の負担は過酷なものです。
〜裁判員参加の公開法廷は形式に、重要なことは密室の公判前整理手続が中心になる〜
裁判員と裁判官は対等ではありません
否認事件、事実の重要な部分に争いのある事件では、裁判員の参加する公開の法廷での審理の前の段階で、公判前整理手続が行われます。公判前整理手続で、あらかじめ検察官、弁護人の証明予定事実が主張され、争点が明らかにされます。
公判前整理手続を主宰する職業裁判官に対して、裁判員が関与するのは公判段階のみです。ですから、争点整理の段階から様々な資料を目にしている職業裁判官と、後から参加する裁判員とでは、そもそも接することができる情報が全く異なり、対等な立場ではないのです。
※公判前整理手続(こうはんぜんせいりてつづき)
裁判員の参加による公判審理を、争点を絞って「迅速」「軽負担」ですすめるために、公判の開始前に行われる争点の整理のための手続です。
従来の刑事裁判では、公開の法廷での公判開始まで裁判官は起訴状以外の資料を目にすることはなく(「起訴状一本主義」)、公判で検察側立証が終了した後に、弁護側立証が行われていました。
公判前整理手続は、弁護側の準備が十分できない段階で密室で行われることから、被告人に不利になり、公判中心主義、無罪推定の原則、黙秘権の保障の観点から問題があります。
えん罪支援を行ってきた国民救援会などの活動も、公判前整理手続によって、極めて困難になります。
「適正」「公正」よりも「迅速」「軽負担」で、被告人の権利が切り縮められるおそれがあります。
公判前整理手続による争点整理の充実は、裁判員の負担を減らすために、公開の法廷での審理を、核心的な争点を中心とし、連日開廷で迅速に行うために必要とされています。
しかし、刑事裁判で最も重要なことは、適正な手続と公正な判断です。
これまで無罪判決を勝ち取ることのできた多くのえん罪事件では、長い時間と労力をかけて自白の任意性(証拠としての採否)が争われたり、弁護側から求めた科学鑑定が実施されたり、目撃者捜しが行われたりしています。しかし、裁判員裁判のもとでは、公判前整理手続という早い段階で、証拠の採用・不採用の決定がなされ、鑑定も実施しなければなりません。被告人が無実を主張する事件での裁判員裁判の審理は極めて困難なものとなります。
「迅速」、「軽負担」を求める余りに、被告人の権利が切り縮められるようなことがあれば、裁判員制度の導入によって、えん罪を増やしてしまうことになりかねません。
〜裁判員裁判=民主主義的な改革と本当にいえるのでしょうか〜
裁判員制度導入をきっかけにして、検察官の手持ち証拠の開示や、取り調べ状況の可視化の機運が高まっていることを、裁判員制度導入の積極面と評価する意見があります。
取り調べ状況の可視化 脅迫的な取り調べ等により、被告人が捜査の段階で虚偽の自白をさせられてしまうことが今でもしばしばあります。
取り調べ状況を全面的に録音・録画するなど、捜査を可視化することにより、裁判員が自白の任意性の判断をしやすい仕組みをつくることを、日本弁護士連合会などは捜査機関に対して求めています。
しかし、捜査の可視化に関して検察庁が行おうとしているのは自白調書が完成した後に改めて「作成した自白調書に間違いはありません」という場面を録画・録音するなどの方法であり、全面的な可視化にはほど遠いものです。
えん罪の防止のためには、検察官が被告人に有利な証拠を隠すことを防ぐこと(全面的な証拠開示)も重要です。裁判員制度の導入をきっかけに、部分的な証拠開示のルールが新たに設けられました。しかし、それと同時に、開示された証拠の目的外使用を刑罰をもって禁止する(刑事訴訟法281条の4、281条の5)という、えん罪支援の活動を犯罪扱いするおそれのある規定も新設されています。
弁護士が「迅速」「軽負担」の審理に協力しない場合に、国選弁護人が職務不相当であると判断して解任する規定(刑事訴訟法38条の3第1項4号)、裁判所が弁護人の処分を弁護士会に対して求める制度(刑事訴訟規則302条)などの規定が濫用されるおそれもあります。
一般の有権者が刑事裁判に参加する制度=民主主義的な改革=良いこと、という評価は単純にすぎます。
どの世論調査でも消極意見が多い裁判員制度です。裁判員法も附則2条2項で、裁判員制度を実施するについては「裁判員の参加する刑事裁判が円滑かつ適正に実施できるかどうかについての状況に配慮しなければならない」としています。現時点で円滑かつ適正な実施の条件があるとはいえません。私は、制度の廃止か見直し、少なくとも実施の延期が必要だと考えます。
参考文献:■「冤罪弁護士」今村核(弁護士)旬報社 ■「裁判員制度でえん罪はなくなるのでしょうか 裁判員制度と救援運動の課題」小田中總樹(東北大学名誉教授)日本国民救援会宮城県本部発行 ■「誤判を生まない裁判員制度への課題」伊藤和子(弁護士)現代人文社 ■「裁判員制度はいらない」高山俊吉(弁護士)講談社 ■「裁判員制度の正体」西野喜一(元裁判官)講談社現代新書
2008年05月28日
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Weblog: おまとめブログサーチ
Tracked: 2008-05-29 16:39
発掘!あるある最高裁
Excerpt: 産経新聞が不適切な募集 最高裁と共催「裁判員制度フォーラム」(産経新聞2007/1/30) http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070130/jkn0701300..
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